本シリーズのテーマは「研究者たちのBig picture」。彼らが研究の「先」に見る未来の社会とは?研究と私たちの暮らしはどう繋がっているのか? 彼らのビジョンが、私たち自身のこれからを考えるヒントになるかもしれません。

美しさや心地よさの感じ方は人それぞれ。そこに共通性を見いだし工学的視点で人に役立てようとするのが、柳澤さんの進める「感性設計学」です。感性と工学が結びついた先にはどんな社会が待っているのか伺いました。

今回お話を伺ったのは

名前:柳澤 秀吉
所属:東京大学大学院工学系研究科 教授

手書きの手紙でなぜ心が動くのか、感性のメカニズムを探る「感性設計学」


▶︎柳澤さんは、工学的な視点で人の感性に注目し「感性設計学」として研究をされています。これはどのような学問でしょうか。

感性とは、道端に咲いている花をきれいだな、と感じるような直感的な心の働きのことです。 つい最近、私は、とある出版社の方から直筆の手紙で本の執筆依頼をいただきました。文面からは溢れる強い思いが伝わってきて引き受けることにしました。もしそれがEメールでの依頼ならお断りしていたかもしれません。この、同じ内容でも直筆の手紙に心を動かされたという、私の心の動きも感性の働きだと言うことができます。
感性については主に、心理学の分野で研究が進み科学的に分析されています。私が進める「感性設計学」は心理学を参照しつつも、工学的なアプローチによって感性の数式化を試みます。「感性設計学」は、それをモノやサービスの設計に活かし、人々の心の豊かさを追求していく学問です。


▶︎今は機能や効率が強く求められる時代ですが、「感性設計学」が目指す心の豊かさとは何ですか?

これまでの社会は、モノやサービスの効率性や利便性を追い求め、もっと軽く、もっと速くと機能向上に努めてきました。今後ますますICT(情報通信技術)やAIが普及し、機能に差異が感じられなくなると、ユーザーの欲求はユーザビリティ(使いやすさ)を求めていきます。そして最後には、利用した時「どんな気持ちになれるか」という精神的な欲求を求めるところに行き着きます。ゆえに、モノやサービスを使用する時に心地よさや愛着を感じるか、という感性が重要なファクターとなるのです。
「感性設計学」でユーザーの感性に訴えかけられる製品や仕組みを作ることができれば、使用者は心が満ち足りた良好な状態、つまり心が豊かな生活を送れるようになります。体の健康だけでなく、心も豊かな状態が持続することをWell-beingと言いますが、私は「感性設計学」で、well-beingな状態を保てる社会の実現を目指しています。

数式化した感性で、モノやサービスをデザインする


▶︎ 感性は感覚的なものだと思っていましたが、数式化できるのですね。それができるとどんなモノやサービスへの応用ができるようになるのでしょうか。

答えの前に、ひとつ簡単な例を体験してもらいたいと思います。この2つの分銅を持ってみてください。

2つの分銅を持ち比べる体験。
大きさは違いますが重さは同じ。持ってみると小さいほうが重く感じました。

これはSize-weight illusionという錯覚の体験です。実はこの2つの分銅はまったく同じ重さなのですが、約99%の人が小さい方が重いと感じることが分かっています。
なぜそんなことが起こるのかというと、脳はまず、見た目の大きさから大きい方が重いだろうと無意識に予測をします。そして2つを持ち比べたとき、あらかじめ脳が予測した重量感と、持つことで感じる重量感との間に感覚の誤差が生まれます。それが、大きい方は重いと思っていたけどそれほどでもなかったと感じ、逆に小さい方はそんなに重くないと思っていたけど意外に重かったと感じて、結果として小さいほうが重いと感じる訳です。


出典:Mathematical modeling of perception with focus on expectation effect and cross-modality

様々な錯覚現象を分析すると、予測と知覚の誤差が及ぼす感覚のバイアスにはあるパターンが生じることがわかりました。それを分類し、導き出した法則性が「同化と対比」と呼ばれる現象です。予測誤差が小さく、思った通りと感じる現象を「同化」、逆に誤差が大きく、思ったものと違ったとギャップを感じる現象を「対比」と言います。 そして人はこの誤差を、驚きとして捉えます。「同化と対比」を私たちが開発した感性の数理モデルでシミュレーションし、グラフ化するとこのようになります。

縦軸:錯覚の量 横軸:予測誤差の量
※0は錯覚も予測誤差も生じないポイント
+は対比、ーは同化の状態
予測誤差が小さい時は同化が現れるが、予測誤差が一定値以上になると対比に転じることがわかる。
出典:A computational model of perceptual expectation effect based on neural coding principles


この「同化と対比」の法則が感性を測るものさしになります。私は日々の研究で、このような感性を測るものさしとなる、原理原則(プリンキピア)を見つけたいのです。
「同化と対比」は、触覚だけでなく視覚や味覚といった五感に現れるため、感性を測るものさしは、さまざまな分野での活用が期待できます。
例えば聴覚の分野で活用すると、邪魔に感じていた音を心地良い音色にデザインする、といったことも可能になります。私たちはこれを快音設計と呼んでいます。掃除機を例にすると、吸引力を上げるためにモーターを強力にすると吸引音が大きくなってしまいます。それを抑えるために吸音材を使うと、今度はボディが大型化し、製造コストも膨らんでしまいます。 そこで快音設計により、吸引音を聞き心地良い音にデザインすると、吸音材は最小限で済み小型化とコストダウンが実現できるのです。
ほかにも、見た目を軽く感じさせることで、持ち上げる回数は変わらなくても高いトレーニング効果を得られるダンベルのデザインも可能です。また、甘味を強く感じる形に食品をデザインし、新しい健康食品の開発をすることや、食品の色を工夫することで、単調になりがちな宇宙食に味のバリエーションを持たせるなども可能になります。

モノと知恵がセットで循環するプラットフォーム


▶︎それはワクワクしますね。先ほど、人々がWell-beingを保てる社会を目指していると話されましたが、これはモノやサービスの開発そのものではないということだと認識しました。その社会を、どのように形にしていこうと考えているでしょうか。 

Well-beingとは、人の心身が良好で満たされた良い状態が持続することですが、その状態の個人がバラバラに存在するのではなく、互いがつながりあって初めて本当にWell-beingな社会になるのだと思っています。そのような社会的なWell-beingの実現に向けて実験として展開している活動の一つが、東大内で不要になった中古物品の譲渡ができるwebプラットフォーム、ShareWelです。

https://sharewel.riise.u-tokyo.ac.jp

ShareWelの大きな目的は、不要物品を循環させ資源を有効活用することですが、もう一つの目的は、そこに参加する人たちの認識を広げられるような「知の循環」です。ここでの知とは、知識ではなく知恵に近いものだと思ってください。例えば、説明書には書かれてないけれどこの実験道具は、こういう工夫をするともっと良く使える、新たにこんな使い方もできるというように、使用する間にユーザー独自の使い方やコツを編み出すことがあります。これが知恵ということです。その知恵も一緒に譲渡されたら、単に中古品を手に入れた満足感や価格という機能的価値以上のものを得られると思います。人から人へ次々に物品と知恵が渡っていくことで、人のつながりが広がっていきWell-beingな社会を形成していくのです。

▶︎これは東大内だけでの展開ではもったいない感じがします。ほかのサービスへ取り入れることも視野に入れていますか?

例えばメルカリで「知の循環」を取り入れられるようになると、モノの売買から一段階進んだプラットフォームへと進化するかもしれません。そしてモノに込められた知恵とは別の、モノの歴史とも言えるストーリーまでも継承できると良いと考えます。
例えば、メルカリに木製の机が出品されていたとします。それだけでは誰かが使ってきた普通の古い机ですが、それが実は「ノーベル賞をとった教授が毎晩遅くまでアイデアを練り続けた机」だったとしたらどうでしょう?これがストーリーです。同じ机でも使う人や使い方によって、様々なストーリーが生じます。物品そのものに価値は宿ると一般には考えられがちですが、そうではなく使った人の知恵や使われてきたストーリーといった情報を認識することこそが価値だといえるのです。それを共有できる場としてShareWelやメルカリが存在すれば、環境への負荷を抑えながら新しい価値を提供できるシステムになると思います。


物質的な豊かさから、精神的な充足感へ。変容する人と社会のあり方


▶︎感性設計学が実装されたモノやサービスが社会に浸透した時、どのような未来になるのが柳澤さんの理想でしょうか?

経済学者のシューマッハーは「Small is Beautiful」つまり、最小限の消費で最大限の幸福を得る経済が理想であると唱えました。この考えは、GDPやGNPの拡大による経済発展が豊かさの指標とされてきた大量生産・大量消費の20世紀型社会からの転換になるのではないかと感じていて、私はこの「Small is Beautiful」の考え方に共感しています。

「感性設計学」がモノやサービスに実装され、人々が認識する意味的価値も加わるようになると、現在のような物質的な豊かさに偏った社会から、精神的価値も合理的に評価できる社会に変化するのではないでしょうか。そこでは、直筆の手紙に感じるような心の通い合いを大切にできるゆとりを持ち、モノの豊かさと心の豊かさのバランスのとれた生活を送れるようになるでしょう。これが私の理想です。

▶︎その時に人はどう変わるでしょうか?

未来の社会では、新しいモノを次々と買い替えることにステータスを感じるのではなく、一つのモノをどう面白く使うか、そこにどんな意味を見出すかということに価値を置くようになるでしょう。これは、マズローが唱えた「自己実現の欲求」、すなわち自らの可能性を発揮して自分らしく生きる領域に重なります。さらにその先では、楽しみの主眼がモノの背景にある歴史や作り手の想いを受け継ぐことへと変化し、買い物は単なる金銭交換を超えた行為になります。損得や効率を超えた純粋な喜びに浸ることで、人はより創造的で多視点的な「自己超越」の境地へ到達するのだと思います。

こうした個人の変容の先に、私が思い描く未来像があります。それは、効率化の達成だけが目標となる社会ではなく、一人ひとりが「これはもっと面白くなるかも」、「なぜこうなっているのだろう」、と自らの認識を広げていくプロセスそのものを楽しめる社会です。「感性設計学」が実装されたモノやサービスは、単なる便利さを提供するだけでなく、人にこうした探究するプロセスをもたらす力を持っています。このように、生涯を通じて知的好奇心を満たし続けられる状態こそが、真にWell-beingな社会の姿と言えるのではないでしょうか。個人の探究心と社会のWell-beingを繋ぎ、精神的な豊かさを論理的に支える「感性設計学」の実装こそが、私が思い描く未来の姿です。

▶︎便利なモノやサービスが普及し、深く考えなくても必要なものが手に入る今だからこそ、理由は分からないけど良いなと思う感性を持つことが大切なのだと、インタビューを通して改めて気付きました。「感性設計学」が社会に浸透すると、機能的で効率的な便利さを得ながら心の幸福も享受でき、創意工夫に溢れた人と人、人とモノの共存社会が待っているだろうことは想像に難くありません。柳澤さんの研究がどのように普及していくのか期待しています。感覚的な内容の話を体験とともに分かりやすく説明していただいたことで、楽しみながら理解することができました。今日もありがとうございました。

価値交換工学広報    河中

【Big picture】【Interview】【JP】RIISE価値交換工学|Update: 2026.7.21