本シリーズのテーマは「研究者たちのBig picture」。彼らが研究の「先」に見る未来の社会とは?研究と私たちの暮らしはどう繋がっているのか? 彼らのビジョンが、私たち自身のこれからを考えるヒントになるかもしれません。

手に取る商品が、地球環境にどのくらいの負荷をかけているかを意識して購入することは少ないと思います。商品から出る温室効果ガス量を算出する研究をしている草将さんとMoonさんに、その見える化によって地球環境に対する人の意識や社会はどう変わっていくのか、伺いました。

今回お話を伺ったのは

名前:草将 澄秋 所属:東京大学工学系研究科・電気系工学専攻(左)
名前:文 多美(Moon Dami)所属:メルカリR4Dラボ/価値交換工学 共同研究員(右)

商品のライフサイクルを伸ばすと温室効果ガスを削減できる


▶︎研究分野のライフサイクルアセスメント(以下LCA)について少し聞きたいと思います。

<Moonさん>
LCAは、製品やサービスの生産から最終処分までの全過程を通じて、環境に与える影響を定量的に計算して評価する手法です。環境影響の中でも、最近は主に温室効果ガス(Greenhouse gas、以下GHG)の排出量を算出・評価するために用いられることが多いです。
全ての商品は製造前に原材料を揃えますが、その採掘、精製、運搬の段階からすでにGHGは排出されています。さらに、製造から完成品を流通させて販売する間、そして購入された後処分するまで排出されているのです。
新品を購入し続けると、これら全ての過程で排出量が加算されるため増える一方です。しかし、中古品を利用することで、新品の生産や使い終わった商品の廃棄はしなくても済み、全体として減らすことができるのです。
このように、地球環境への影響を小さくするには、商品のライフサイクルのどの部分で対策をすれば良いかを研究することが重要です。LCAは、その研究を支える非常に有効な手法といえます。

新品と中古品のGHG発生量の比較イメージ

▶︎図のように、一連の流れで考えたことはありませんでした。たしかに新品と中古品を比較すると大きな差があります。ここに注目して研究を始めたのはどうしてですか。

<Moonさん>
現在、その排出を削減し地球温暖化を食い止めることが世界的な課題となっています。社会経済活動を維持しつつ課題の解決へアプローチするポイントは、中古品の利用を促進させることだと考えました。LCAで排出量を算出することで環境問題への取り組みを考えるきっかけとなる情報を提供でき、中古品利用の動機になると思っています。
私には2人の子どもがいます。この子たちが成長しても普通に生活できる地球環境のままであってほしいですから、その削減は私たち大人が今、取り組まないといけない課題です。

▶︎GHG排出量はどのようにして計算するのでしょうか。

<Moonさん>
従来のLCAで排出量の算出をする際、例えば「Tシャツ1枚は◯◯g」と平均重量を設定します。その重さに対し、AIST-IDEAなどのデータベースに登録されている素材・エネルギー別の排出係数(例えば、その素材を1kg作るのに排出されるGHGの量)を掛け合わせ、推計値を導き出します。
https://idea-lca.com/

私たちの目標は、製品ひとつひとつの排出量(product-specific GHG emissions)を算出することです。一例ですが、綿と化学繊維では製造時の排出量が異なります。同じTシャツでも、綿100%か綿とポリエステルの混合かによって数値は変わりますし、サイズが違えば布の使用量も変わるため、一着ごとに排出量が異なるとても複雑なものなのです。さらに、洗濯時など使用段階でも排出は発生します。洗濯回数といった「使用履歴」によっても差が出るため、中古品となるとさらに多くの条件を適用させることになります。

▶︎それは計算も簡単ではないですね。プレスリリースを拝見しましたが、生成AIを利用されているんですよね。具体的にはどの部分に使っているのでしょうか。

<草将さん>
商品の画像やタグ、ユーザーが書いた商品説明文などの情報を読み込み、整理するところに、画像もテキストも認識できるVLM(visual language model)と呼ばれる生成AIを使っています。
人が情報を確認し全てのデータを入力すれば同じ計算ができますが、それは現実的な作業ではないので、そこに生成AIを活用しました。結果、素材の割合やサイズを80〜90%という高い精度で識別できることがわかりました。さらに分析を進めると、衣類においては流通や使用の段階よりも素材の環境負荷が極めて大きいという事実も見えてきました。このことから、LCAにおいては正確な素材構成を把握することが欠かせないという新たな知見も得られました。

生成AIによる解析のイメージ

<Moonさん>
「GHGの◯◯%削減目標」とニュースなどで目にすることがあると思います。この曖昧なイメージの環境問題ですが、「この商品は◯◯kgの削減」という商品ごとの具体的数値を目にすることでより身近なものとなり、問題への関心を持つきっかけになると思っています。これがサーキュラーエコノミーへの大きな一歩になることを期待します。

<草将さん>
今の研究対象は素材構成がシンプルな衣料品ですが、この技術はパソコンや電気製品、さらには車など、あらゆる製品へ応用できると思います。そのためには、画像や商品説明文に載っていない情報をどう取得するか、という点が課題になってきます。逆にいえば、うまく情報を取れ、不足情報を補える仕組みを構築できれば、複雑な素材構成でも精度の高い自動算出が実現する可能性があるともいえますね。そんな未来を形にしていきたいです。

GHG削減量を表示し中古品に第3の価値を加える


▶︎中古品への抵抗感を持つ人もまだ多いのではないかと思います。研究者の立場からはどのように見えていますか?

<草将さん>
使う人の目的や使用する想定期間などで新品か中古品のどちらを選ぶかが、変わりつつあると感じています。一方で、家電製品などの新品にはメーカーによる保証がありますし、年式による性能差や故障のリスクなど、トータルで考えて新品を選ぶ人はまだ多いと思います。

<Moonさん>
中古品市場は着実に成長していますが、私たちの調査では、これまで中古品を敬遠していた層にまでその波が及んでいるとは言い切れません。依然として抵抗感を持つ方が多いのも事実です。一方で、スマホなどICTの普及やECサイトの活用により中古品が商品として広く認知されました。商品の状態や価格が「見える化」されたことで利用へのハードルは確実に下がったと思います。特に、ベビー用品などは中古品を賢く選ぶ層に支持される品目となり、需要が増えています。こうした「合理的で前向きな選択」を社会全体にいかに広げていけるかが、今後の重要な課題だと考えています。

▶︎そうした層へも中古品という選択肢を広げるため、価値交換工学として取り組んでいることを教えてください。

<Moonさん>
商品を使う期間や目的に関わらず、日常的に中古品を選ぶ人が増えると良いですね。そのためには消費に対する意識を変化させることが重要です。現在の中古市場は「ヴィンテージという希少価値」と「新品より安いという金銭的価値」の2つの価値で成長しています。ここに「中古品を利用することが地球環境に貢献する環境的価値」という第3の価値が加わると、意識の変化も可能になると思っています。

<草将さん>
どのような働きかけがユーザーの意識を変えるのか、という検証はこれから取り組む課題です。衣料品の排出量計算結果の信頼性に目処が立ったら、どの情報をどのように開示すると良いかの検討に入ります。

<Moonさん>
メルカリの商品画面にその商品のGHG削減量を表示することは、第3の価値を生み出せる可能性があると考えています。
そして社会に浸透させるためには、研究者が「数値で示す」だけでなく、消費者に「認識してもらう・体験を作る」活動、その両面から消費者の行動にアプローチすることが不可欠です。その一環として、メルカリでは昨年「グリーンフライデー」というイベントを開催しました。不要になった衣料品を持ち寄って物々交換をし、それによって削減できるCO2排出量をその場で表示することで、地球環境への貢献を実感してもらう試みです。このようなイベントが「捨てる」から「次に渡す」という考えを根付かせるきっかけになることを期待しています。https://about.mercari.com/press/news/articles/20251121_greenfriday

▶︎体験できるイベントは面白そうですね。このような体験を、メルカリを利用する日常の行動へつなげるには何が必要でしょうか。

<Moonさん>
商品を手放そうとしている人たちのなかには、ゴミとして捨てようとする人ばかりではなく、「捨てるのはもったいないけど、しかたない」と考えている人も多くいるはずです。
そういった人に対しては「メルカリを利用することが”良いことをしている気分のよさ”と同時に、”環境保護につながる”」という認識を持ってもらうことが重要です。出品数が増えることで、それを求める人も集まり、中古品を利用する文化がさらに社会に根付いていくと思います。

<草将さん>
地球環境に貢献した充足感をさらに高めるために、「環境ポイント」のようなインセンティブな設計も有効だと考えています。メルカリを利用するほどポイントが貯まり運用できる。そうした具体的なメリットを加えることで、一過性の体験を日常的なサイクルへ定着させていけるのではないでしょうか。

研究の先にある、サーキュラーエコノミーが実現した未来



▶︎研究が社会に浸透し、人々の買い物への意識が変化したとき、社会はどのような未来になっているのでしょうか。

<草将さん>
現在は、商品購入の原動力が本人の「欲しい」や「いかに有利に手に入れられるか」が優勢で、環境問題を考えての購入となると人の良心に頼っているのが実情ですね。
Moonさんとの研究が実を結び、GHGの削減量などが数値として至る所に表示されることがあたりまえになると、漠然としていた環境問題への取組みが、一人ひとりの身近な問題として現実味を帯びてくると思います。結果、商品の購入前に新品か中古品のどちらにするか検討をするという意識の変化が起きやすくなると思っています。

<Moonさん>
買い物の時に、新品ではなく中古品を購入するという選択が広まると、中古市場がさらに成長していくでしょう。また、メーカーも「環境への配慮」「社会貢献」という自社の価値を高められる新たな機会として、中古市場を積極的に捉えるようになるはずです。これにより、新品を生産し消費し続けることで成長してきた資源消費型の社会モデルから、生産と消費のバランスがとれた循環型社会モデルへの転換が進むことを期待しています。私は、本当のサーキュラーエコノミーを実現し、美しい地球環境を未来の子どもたちに残したいと願っています。

▶︎環境問題を意識しながら生活しなくてはと思いつつ、例えばコンビニのレジ袋1枚もらわないことが、実際にどのくらい環境負荷の軽減に貢献しているか考えたことはありませんでした。Moonさんと草将さんの研究が実を結ぶと、規模が大きいがために実感が湧きにくかった環境問題を、身近なものとして考えるきっかけになるのではないかと思いました。そして、サーキュラーエコノミーが実現した社会は環境への配慮も人への配慮も自然にできるアサーティブな社会のような気がします。本日も素敵な時間をありがとうございました。

価値交換工学広報    河中

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プレスリリース

【Big picture】【Circular Economy】【Interview】【JP】RIISE価値交換工学|Update: 2026.5.15