
本シリーズのテーマは「研究者たちのBig picture」。彼らが研究の「先」に見る未来の社会とは?研究と私たちの暮らしはどう繋がっているのか? 彼らのビジョンが、私たち自身のこれからを考えるヒントになるかもしれません。
「木材は究極の循環型素材」と話すMariaさん。木材の利用価値を固める研究の先にどんな未来があるのか聞いてみました。

今回お話しを伺ったのは
名前:Maria Larsson
所属:東京大学情報理工学系研究科・創造情報学専攻 特任助教
木組みの美しさに魅せられて日本へ
_______________________________
▶︎木材について研究をされていますが、なかでも木組みに注目したのはなぜですか?
私の故郷スウェーデンは国土のほとんどが森林で、日本と同じように建材として木材を利用してきた文化があります。ヨーロッパにも日本と同じように木組みはありますが、日本ほど多くの種類はありません。日本の木組みは、加わる重さや組み立てる向きによって適切なデザインを選択し、試行錯誤を重ねながら洗練され、発展してきました。これは大変興味深い点ですね。木組みが日本で発展したのは、金属に不向きな高温多湿な気候、構造強度が必要な多発する地震、そして「建物も自然の一部」と捉える文化的背景が関係していると考えています。

釘や接着剤を使用せず立体パズルのように、木材同士を組み上げる技術が木組みです。木材を組む方向で呼び方が違います。(写真:厳島神社能舞台の木組み)
本記事で紹介する研究Tsugiteではこの両方を扱います。
▶︎木組みの研究ではどのようなことをされているのでしょうか。
私は建築設計、コンピューターグラフィックス(CG)、ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)に取り組んできましたが、今は建物や家具を設計する前に、その構造や機能をシミュレーションするコンピュテーショナルデザインに注力しています。木組みとコンピューテーショナルデザインを組み合わせれば、木材の活用法やデザインにと多くの新しいアイデアが生まれると感じ、様々なプロジェクトを追求してきました。
今は木材の研究が中心ですが、最終的な目標は、限られた地球資源を有効的に利用することで生まれる循環型社会の実現です。そのためには資源の循環を考えて素材やデザインを考えること、新しいテクノロジーを活用し製造方法や行程を見直すことがポイントになります。持続可能な素材として世界的にも注目されている木材の価値を高めるためにTsugiteも開発しました。
木組みを身近なものにすることで技術を継承していく
_______________________________
▶︎Tsugiteとはどういうものですか?
木組みは木材を男木と女木に加工し組み合わせる技術です。Tsugiteはその木組みを誰でも設計できるようにしたソフトウェアです。パソコンで一方の形を変更すると、もう一方の形状が自動で調整されるため、簡単にモデリングできます。また、接合部の形状に弱い部分があればエラー表示が出る仕様で、実際の製品設計に活かせます。設計データはCNCで自動加工できるため、従来、多大な時間とコストを要していた木組みの設計から加工までをスムーズに行えるようになります。


▶︎3Dプリンターなどを活用すれば木材以外の素材でも作れそうですね。そうなると木組みの可能性も広がると思いますがMariaさんはどう考えますか?
3Dプリンターは複雑な形が制作できる反面、部材と同じ量の材料が必要になりますし、素材によっては環境負荷が高くなる可能性があります。最近は木の素材もありますが、これも糊が混ざっていたりと100%木材由来ではないことが多いです。私は循環型社会を実現するという目標で研究を進めているので、木材以外の素材への応用は慎重に考えたいです。
今日はTsugiteで作ったミニチュアを持ってきました。こちらです。

▶︎木組みの構造を見ることができるし、組んだりバラしたりできるので子ども向けのパズルのようなものにすると面白いのではないでしょうか。
それもいいのですが、まず木組みを組立家具に広げていきたいと思っています。組立家具はすでに一般化していますが、ほとんどの製品はパーツ同士の固定に金属のボルトなど木ではない素材も使います。木組みの家具ならボルトやナット、工具も不要で、異素材を使っていないのでリサイクルしやすいという利点もあります。
▶︎なるほど。パーツごとに商品になればメルカリにも上手くはまりそうですね。
メルカリは要らなくなったモノを売り、必要な人が買う、という循環のプラットフォームです。これは、ある製品を長く使えるようにするにはどのように作るべきか?という私のテーマと相性が非常に良いですね。
例えば、家具が壊れた際、新しく買い替えるには費用がかかりますし、長く愛用したものを簡単に捨てたくはありません。木組みの家具なら、壊れたパーツだけを購入して直しながら使い続けられます。こうして家具に歴史が刻まれれば、アンティーク家具のようにその歴史自体に価値が生まれ、市場で高い価値を維持できます。木組みの家具はパーツごとに商品として流通させられるので、壊れた部分だけ直して使い続けたい人と不要になったから売りたい人の間で売買が活発になるのではないでしょうか。

▶︎木組みの技術を受け継ぐ次世代の人材も必要になってきますね。ただ、後継者不足の課題もあります。この点について何か考えはありますか?
木組みの形状は複雑で、設計や加工が難しいといった難点があると思います。木組みを作るには職人の技術や知識、経験が必要ですが、これまでは「見て覚える」という方法で受け継がれてきたように思いますが、それだと習得に長い時間が必要です。
しかし、コンピューターを活用し短時間で習得できれば、木組みに触れる人数と機会が増え、人材の発掘と育成が進みやすくなります。そのためには、ソフトウェアの使いやすさが重要です。Tsugiteは使いやすいユーザーインターフェースにしているため、木組みを扱える人が増えるでしょう。認知が広がることで、既存の木組みが再認識され、新しい木組みのアイディアが生まれる可能性も高まると考えます。
▶︎一方で、AIなどの新技術により職を奪われるのでは?といった、新しいテクノロジーの出現への懸念もありますが、それに対してはどう考えますか?
過去には残念ながらそうなってしまったもの、なりつつある技術もあると思います。でも、私は自分の研究で、受け継がれてきたものをなくすつもりではありません。伝統技術を新しいテクノロジーに置き換えるという考えではなく、今まで木組みが使われてこなかったところにそれを利用し、製品に新たな価値を加えるという考えです。伝統的な木組みとは別の方向を作ることで、人々の技術や生活など時代の変化の中で木組み自体が長く残るようにする、というイメージです。
▶︎Mariaさんはまさに、温故知新を体現されていると感じます。伝統技術が新しい技術に置き換わって進歩するのではなく、上手に共生することが発展につながるのですね。
新しい技術や素材を開発して進歩していくことも必要ですから、Scrap & Buildが悪いとは言いません。ただし、新しい技術で作られたものは、結局高価になってしまう、強度不足、有害である、などさまざまな問題が後から見つかることも多くあります。そのように、単に技術の斬新さや先端性だけを求めてしまうと一時的な流行で終わってしまうこともあるかもしれません。
昔からある技術がなぜ今にも残っているのかを考え、応用することでその国の文化や無くてはならないものとして残るのだと思います。

▶︎時代に合わせ子どもから高齢の方まで誰でも使えるようにすると、新しい感覚のもとでそこからいろいろな価値が生まれてきそうですね。
私が所属するUser Interface Research Labでは、コンピューターグラフィックス(CG)やHCIを研究しています。木材への活用は私の個人的な興味からでしたが、木材のようなリアルなものに3Dモデリングを応用することで、今までコンピューターでは難しかったことが可能になります。そこからさらに新たなアイディアが生まれるかもしれません。
私は京都の西陣織にも興味がありますが、CGを活用できれば、誰でも織ることが可能になり、技術継承を容易にすることもできると考えています。このように考えると、皆さんもモノづくりにもっと興味が出ませんか?ただし、ボタンひとつで機械が全て自動で作る未来は考えていません。組み立て、完成させるという最後の工程は楽しいので、ぜひ人に担ってもらいたいですね。

サステナブルな社会へのさまざまな挑戦
_______________________________
▶︎Tsugiteの話を中心にしましたが、TsugiteはRe:woodプロジェクトという大きな枠のなかのひとつですよね。Re:woodプロジェクトでは、ほかにどのような研究をされているのでしょうか。
木の枝ぶりを整えて手入れをしたり、まっすぐな太い幹に成長させるよう枝を剪定しますが、切った枝は利用価値が低く、一部を除いて燃やすなどで処分されていました。そこで作ったのが「Branch」です。これは1本ずつ形の異なる枝をスキャンしてコンピューターに取り込み、データを組み合わせていろいろなデザインができるソフトです。元々捨てられていた枝をそのままの形で別の用途に変えることで、高い価値を持たせた再利用ができることが特徴です。

「XR-penter」も廃材をテーマにした別のプロジェクトですが、ここでは枝ではなく、様々な大きさの直方体の端材を使って構造物をモデリングするための拡張現実(XR)アプリケーションを開発しました。

「Mokume」は、写真の木目の状態から、内部にどのように木目が入っているかを予測できるようなソフトです。内部の木目の状態が予測できれば木を組み合わせる時や材料として使用する時、使える箇所の調整がしやすくなります。

木材以外にも、私たちは布の端材をアップサイクルするためのプロジェクトを複数開発しました。その一つが「Fabric Mosaic Art」です。

また、布の端切れからパッチワークをデザインするためのインターフェースも作成しました。これは、形が不揃いな布の端切れを指定したエリア内にきっちりと収まるようにレイアウトをしてくれるソフトウェアです。、ソフトウェアがユーザーを支援してデザインできるようにするものです。

▶︎近代になり様子も変わってきたかもしれませんが、Mariaさんの研究は、捨てずに修復しながら使い続けることが普通だった日本の文化そのもののような気がします。
その日本の価値観は素晴らしいです。金継ぎは元の状態と同じになるようにただ直すのではなく、別な価値を加えてオリジナルよりも美しく蘇らせます。それと同じように、洋服や家具も長く使い続けるために、直せるところは直して、長く使う文化がある社会は、大量生産大量消費、そして大量廃棄される社会よりも良い社会だと思います。

▶︎Mariaさんが開発したソフトウェアが一般化し、木材などが循環素材として広く認知されたら、社会や人々の生活はどうなっているでしょうか?
製品のライフサイクルが延びることで、モノを大事にし、壊れたらその部分だけ直して使い続けるという、モノに対する人の考え方や価値観も変わると思います。金属やプラスチックの製品が、木組みを使った100%木材の製品に切り替わった社会は、廃棄物の量が減り、地球にも社会にも人にも負担をかけないものになるかもしれません。木組みに限らず、昔からの技術が新しい技術と共存する社会は、人々のイマジネーションを膨らませ、想像力あふれる社会になります。そして、一人ひとりが自分の作りたいもの、やりたいことに挑戦しやすい社会になると想像しています。
▶︎木や自然を身近なものとして親しんできたスウェーデンと日本。この2つの国の文化や価値観を合わせ持つからこそMariaさんの研究実現ができると感じました。伝統を学びそこから未来につながる新しい知識や見解を得て、実際にやってみるというMariaさんの姿勢はまさに温故知新です。先日、木製の人工衛星が作られたというニュースを耳にしました。木材の価値は今や宇宙にも広がり、無限の可能性を秘めていることに驚きました。Mariaさんの研究には、これからもワクワクさせられそうです。本日も素晴らしい時間をありがとうございました。
価値交換工学広報 河中
関連リンク
・Maria Larsson
・伝統建築の「木組み」がテクノロジーで再現できる・・・?!
・Tsugite – Full video – UIST 2020