
本シリーズのテーマは「研究者たちのBig picture」。彼らが研究の「先」に見る未来の社会とは?研究と私たちの暮らしはどう繋がっているのか? 彼らのビジョンが、私たち自身のこれからを考えるヒントになるかもしれません。
何かを調べたり文章を考える時に使うことがあたりまえになってきた生成AI。進化のスピードには目を見張る毎日です。人と生成AIとの関係がもっと密接になった社会はどんなものか、浅野さんに伺ってみました。

今回お話しを伺ったのは
名前:浅野 輝
所属:東京大学大学院総合文化研究科博士課程
ハードウエアの世界から情報の海へ
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▶︎浅野さんの研究分野は今のトレンドでもあるAIですが、どのようなきっかけでその道に進んだのですか?
全国高等専門学校ロボットコンテストに出たくて、高等専門学校(高専)の機械工学科で金属加工技術などを学んでいました。ロボコンチームでの担当は構造設計でしたが、東大編入試験の準備を始めた頃、ホットな話題になっていたAIに興味が湧いたので、ロボットの設計や制御プログラムよりも、そっちを専門にしようと思ったのがきっかけです。
AI研究者としてのキャリアはそのあたりからでしょうか。
▶︎今はChatGPTをはじめいろいろな生成AIがあります。浅野さんはAIのどこに興味を持ち研究をされているのでしょうか。
AIの定義は広く、これまで人にしかできなかった言語の理解や推論、問題解決など知的な行動をコンピューターで行わせる人工知能技術の総称です。一般にはAI=生成AIの印象がありますが、生成AIは文章や画像、動画、音楽などを作るAIのことでその一部なんです。そして生成AIの中に、文章生成に特化したLLM(ラージ・ランゲージ・モデル)があります。良く知られているChatGPTやGeminiはここに含まれます。分類すると図のようになります。私は、LLMについての研究をしています。

▶︎このような分類になっているのですね。いろいろあるなかで研究対象をLLMにしたのはどんな理由からですか?
人は、言語などさまざまな情報をインプットし思考します。そして、アウトプットする時はなんらかの形で言語化します。それと同じようにLLMは、質問に対してきちんと言語で回答します。このインプットとアウトプットのプロセスが人に近いですね。図のようにさまざまなAIの中で、人に近いプロセスで思考するLLMの研究はワクワクしそうだと思い、焦点を当てました。
AIが自ら賢くなっていくようになる?
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▶︎LLMは人に近いという考えは面白いです。その流れで2点伺います。今、どんなワクワクするような取組みをしているのかと、これからの研究で興味のあるものや思い描いていることを聞かせてもらおうと思います。
取り組んでいるのは、急速に普及しているLLMが内包する課題についてです。その課題を克服するためのアプローチの研究に取り組んでいます。その流れから、人とAI(LLM)の新たな関係性について興味を持っています。簡単に言うと、使う人一人ひとりの考え方に合うよう、パーソナライズしたLLMです。
▶︎なるほど。まず今の取り組みから聞かせてください。私もLLMの性能向上のスピードには目を見張るものがありますが、そこにある課題とはなんでしょうか。
開発コストの増大です。LLMは人が作った膨大な量の文章から知識を蓄積し、「どちらの回答がより優れているか」という評価基準を学ぶことで発展してきました。初期のLLMは人が3秒でできることくらいの仕事量しか処理できませんでしたが、高性能化に伴い、さらに良い手本や評価データが必要となってくると、その作成により高い専門性が求められるようになりました。結果、開発コストが急速に増大しているのです。

出典:https://metr.org
▶︎LLMの高性能化にあわせるように、学習データの作成コストも増えているとは知りませんでした。その課題に対して取り組みをされているのですね。
人の手を介さずLLM自身が高度な教師データを作り出し、自律的に「自己進化」を遂げるというアイデアに注目していて、その課題を克服するため「LLMが苦手とする領域において自己進化が可能か」をテーマに研究に取り組んでいます。これは複数のAIの一方を回答役、もう片方をフィードバック役というように役割分担させ、共同作業で性能を引き上げる方法です。この手法を用いると、特定の領域での回答精度が向上することは確認されているのですが、LLMが自律的に能力を向上させることへの壁は、依然として高いですね。化学の知識がない人が独学でテストの点数を60点から80点に上げることが難しいのと同じです。克服するために鍵になるのが「弱教師あり学習」という手法です。
▶︎それはどんな学習方法ですか?
LLMの学習に使用するデータはこれまで、誤りの含まれない完璧なものが求められてきました。弱教師あり学習は、例えば「犬」の画像データ集に誤って「猫」が20%混じっているような、ノイズを含む不完全なデータからでも、統計的に正解を学習できる手法です。これにより、100点満点の教科書がなくてもAIは、間違い混じりの資料から「たぶんこれが正解だ」と推測して学べる力を持てます。この手法を役割分担させたLLMに適用すると、最初は40%くらい間違えてしまうような問題であっても、徐々に有効な学習資源としていき段階的に自己進化できるようになります。

これまでの手法では、正しくないかどうかの判断もできなかったが、弱教師あり学習を用いると正確か不正解かの判断ができるようになる。
人とAIの関係の新しい方向性
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▶︎AIが自己進化してどんどん高性能化すると、全てAIに任せられて便利だと思う反面、職を奪われるといった懸念もあると思いますね。
以前、アルファ碁というAIがプロ棋士に勝ったことがありました。碁には勝ち負けという明確な指標があります。そして研究者が論文を書くという行為も目的がはっきりしています。このように勝ち負けを競ったり、タスクが明確なものについてはAIはかなりできるようになると思います。一方、文章生成のタスクは勝ち負けではありません。例えば芥川龍之介と夏目漱石の文章を比べ、どっちが100点か?と問われてもどちらが100点なのか明確な答えは出せませんよね。それは、どちらの文が好きかという好みの問題だからです。また、研究で結果を出すまでの計画を立てることは、AIには難しいと思います。人の好みや気持ちに大きく依存すること、スケジュールの調整やマネジメントが必要なタスクといった領域は、人にしかできないと思いますし、十分残されるのではないでしょうか。

パーソナライズLLMがネットワーク化した社会に見る未来
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▶︎人ができる領域と任せられる領域とのバランスを取りながら使えると、人とAIの共存はできるということですね。
今のLLMはどれも大規模なLLMで、性質上何かを頼むと回答を一気に大量に返してきますが、これがネックになっているという事実があります。LLMの回答は一般的な内容ですから、本当に欲しい内容にするには回答を確認し精査する必要があり、負担は重くなる一方です。負担を軽くするには、巨大な単一モデルではなく一人ひとりにマッチする小型のモデル群が必要なのです。今後AI研究は「より大きく、より汎用的に」という既存の方向から、「より個人に寄り添い、より多様に」という方向へとシフトしていくと考えています。
これについては、新たな研究領域の可能性があると仮説を立てました。
▶︎これが浅野さんが興味を持っている、人とAIの関係性の新たな方向性ですね。仮説についてもう少し聞かせてください。
仮説を元に研究を進めているのが、使用する一人ひとりの好みや考え方に近い回答を出す、例えば“バーチャル浅野輝”のような、使用する人の人格に近い思考ができるパーソナライズさせたLLMです。私の思考に近い意思決定をする“バーチャル浅野輝”は、代わりにビジネス相手との協議もスムーズに進めてくれます。ただしあくまでも私の代理なので、“バーチャル浅野輝”がよくないと判断したときは即決せず私に伝えます。私は最終的な判断をするだけで良くなり、意図しない決定が勝手にされる心配はありません。
実現すると、代わって複数のタスクをこなしてくれますし、私はLLMが時々判断に迷い戻してくるものに判断を下すだけなので、頭を悩ますような作業からは解放されると思っています。

▶︎個人の力を大きく広げる可能性がありそうです。でも、大きなビジネスに馴染みのない私は、分かったような気になっているだけかもしれません。もう少し身近な例ではどうなるでしょうか?
すね。
忙しくて手が回らない本人の代わりに、欲しいと思っているものを的確に見つけ最適なタイミングで買ってくれたり、興味がありそうなものを探して、その買い時のアドバイスなどもしてくれます。さらに、メルカリなどで商品を売買する時の価格交渉をしてくれたり、本人が不要と思っているけどそのままになっているものを良いタイミングで出品し、売買成立までのやりとりをすることもできます。
これで、出品のタイミングを逃し埋もれていた商品を中古市場に出す、という機会創出が可能となります。出品する側も、部屋の隅で手付かずになっている商品の整理が自然にできるので便利だと思います。
▶︎影分身みたいで良いですね。煩わしいことを代わりにしてくれる他にも、いろいろと役に立ちそうです。
本屋で本を探している時、たまたま目にしたほかの本に興味を引かれ、それも購入してしまうといったセレンディピティが起こることがあります。オンラインショップにも近い機能としてはお勧め商品の表示機能がありますが、すでに購入した商品に類似したものや、今欲しいわけではないものが表示されることがあります。パーソナライズLLMなら購入意図やその時の思考、興味の範囲などを想像し、思いがけないものやピンポイントに刺さるものを勧めてくれます。この点が大きく違います。本を買う人は思いもかけず良い本をもう一冊買う機会を得ることができます。本屋にとっては、本が売れると書店の売り上げになるのでウィンウィンの関係が成立します。それにも増して、なにより実際の本屋やフリーマーケットを物色しながら歩いているようなワクワク感を味わえるのではないでしょうか。

▶︎オンラインショッピングではリアル店舗に比べ、偶然の出会いはあまりない気がします。確かに偶然ばったり、というワクワク感はポイントですね。
さらに、パーソナライズLLM同士がネットワーク化していくと、リアルでは簡単に出会えなかった数の多様な価値観に触れることができ、視野を広げる手助けをしてくれ、豊かさにつながると思います。
これは消費者だけでなく研究者にもいえます。一人で研究を進めている過程で、他の研究者のパーソナライズLLMから別な視点を加えられることで、思いがけない突破口が見つかったり、新たな発見やアイディアが生まれる可能性が見えてきます。

このように、パーソナライズLLMがつながっていくことで一人ひとりの考えや要求・意見を尊重する環境を作ることができると思っています。やがてそれは企業や社会全体にも広がります。一人ひとりが得られる幸せがつながり広がることでその結果として社会全体の利益につながっていくのではないでしょうか。
▶︎AIと人の関係を描いた映画「エクス・マキナ」を観たのが10年近く前。その頃からAIの進化に対して畏怖の念を抱いていました。話を聞くうちにその気持ちはよりはっきりとしてきた一方で、高度にパーソナライズされたLLMにはとても興味を持ちました。もしかすると倫理回路みたいなものを実装することが必要かも知れませんが、自分の意思や意図をきちんと汲んでくれるバーチャルLLMがサポートしてくれる未来社会は、一人ひとり心身にゆとりができ、和やかな社会になるような気がします。これからの浅野さんに期待したいと思います。本日もありがとうございました。
価値交換工学広報 河中